大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(ツ)19号 判決 1970年6月24日

上告人(原告・被控訴人)

鈴木正憲

代理人

大谷憲一

被上告人(被告・控訴人)

加賀チエ子

(仮名)

代理人

佐々木正泰

外二名

主文

原判決を破棄する。

本件控訴を棄却する。

控訴費用および上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人は原判決を破棄し、さらに相当の裁判を求める旨申立て、上告理由として別紙の通り述べ、被上告代理人は上告棄却の判決を求めた。

上告理由第二点ないし第四点について

当事者間に争いのない事実および原審が確定した事実は次の通りである。

被上告人の夫であるK弁護士は昭和四二年七月二〇日ごろ上告人からその妻菊子に対する離婚手続処理方を委任され、上告人の代理人として菊子を相手方として東京家庭裁判所八王子支部に離婚等の調停を申立てたが、菊子から事情を聴取した結果、罪はむしろ上告人にあり、菊子には離婚原因はないと判断したので、同人との間に、菊子は上告人とその肩書住所で同居し、その扶養を受け、食料品、雑貨店の経営には干渉しない旨の合意を成立させ、右調停の申立を取下げた。上告人はそれでもなお菊子と離婚したいと考え、同年一〇月一七日ころ再度離婚調停の申立をし、その帰途Kのもとに立寄り、調停申立をした旨を報告したが、Kは離婚原因があると思えなかつたので、同事件の処理を引受けなかつた。すると、上告人は同月一九日ころKをたずねて、菊子と離婚するためおよび離婚後の新生活のため本件不動産、酒たばこその他の販売権、電話加入権等を一括して二、〇〇〇万円か三、〇〇〇万円で買つてくれる人をさがしてもらいたいと頼んだ。これに対しKが急な話であるから、一、〇〇〇万円にしか売れないと答えたところ、上告人は右金額でその売却斡旋方を依頼した。被上告人は同日夜Kからその話を聞いてこれを買うことにし、翌二〇日被上告人の代理人であるKと上告人との間で、上告人は被上告人に対し本件不動産等を代金一、〇〇〇万円で売渡す、菊子を本件不動産から立退かせるため、被上告人は起訴前の和解によつて上告人に対する本件不動産明渡の債務名義を取得する、代金は契約時に一〇〇万円、和解成立の翌日から六〇日以内に残額を上告人の商品代金等の弁済にあてた金額を差引いて、支払う、等の約定が成立した。右代金支払期は同月二二日、双方合意の上、本件不動産の所有権移転登記手続完了の翌日から一五日以内と変更された。同年一一月一三日被上告人の代理人であるKと上告人との間で豊島簡易裁判所において、昭和四二年一一月一五日限り上告人は被上告人に対し本件建物を、商品什器等を現状の通り存置したまま、明渡し、かつ、酒たばこその他の販売権および電話加入権について名義変更手続をする、右明渡等完了後五〇日以内に被上告人は上告人に代金残額七〇〇万円を支払う、等の条項の本件和解が成立したが、右和解申立の際、上告人に対する期日の呼出状がその住所に送達されると、菊子が本件不動産の売買を知り、和解の成立を妨害する虞があると上告人が言うので、Kは自己の知人の住所を上告人の住所として和解の申立をした。本件不動産等の当時の価格は一、〇〇〇万円を相当上回わるものであり、上告人は、その価格は二、〇〇〇万円ないし三、〇〇〇万円であると信じていた。

右事実によれば、上告人が再度の離婚調停の申立をしたことをKに報告したことは当然に上告人がKに対する信頼を持続していたことを物語るものであり、Kが離婚原因なしとして同事件の受任を拒絶した後もなお離婚および離婚後の生活に備えて本件不動産の財産を処分すべくKにこれを依頼したという上告人の心理、行動には異様の印象を受ける反面、Kの受任拒絶にも拘らず同人に対する信頼感にいささかの変化もなかつたことを証明するものというを妨げず、このことを熟知していたと考えられるKは一面離婚原因なしと信じていたというのであるから、上告人の本件不動産等の売却の動機、目的について当然抱いていたと思われる危惧、懸念を明らかにし、上告人を説得して売却を思いとどまらせるのが至当の態度であり、上告人があくまで売却の意思をひるがえさないときは、売却依頼を拒絶するか、菊子の了解を得て後日の紛争を防止して適当な買受人を斡旋するのが弁護士の公正な事務処理というべく、これをみずからまたはその家族の代理人として買取ることは弁護士法第二五条第一ないし第三号に直接牴触するか否かは別として、少なくとも右法条の精神とする弁護士に対する具体的および一般的信頼関係を裏切るものというべきである。もつとも、かかる場合、依頼者(上告人)においてKまたは被上告人と契約を結ぶことはKとの従来の関係が専ら信頼関係に基づくものであるのに反し、売買という利害相反の関係に立つものであることを十分に自覚し、かつKが相手方の代理人であることを理解した上で、売買の諸条件に関し交渉、決定したものであるならば、その結果について疑念をさしはさむ筋合もないであろう。しかしながら、原審認定の前記事実関係をみるに、Kにおいて右のような処置をとつた形跡は全く認められず、むしろ、上告人が菊子と離婚しようとあせり、本件不動産の処分を急いでいるのを知つて、上告人から申出のあつた即日妻である被上告人にこれを告げ、翌日その代理人となつて上告人と交渉し、将来当然菊子との間で明渡について紛争が発することが予想され、かつ、離婚成立の場合には財産分与の対象となるべき本件不動産等(この関係においては弁護士法第二八条潜脱の疑いを免れ得ない)を上告人の希望価額よりも不当に廉価で、しかも、菊子を退去させるため、上告人との間で本件不動産明渡の起訴前の和解をする約定までさせて、妻である被上告人に買取らせ、これを菊子に内密にするため、和解成立について異例な方法をとつた上、通常の売買では考えられないような、上告人に不利な条項の和解を成立させた(この点、上告人が菊子との関係においてKに対して抱いていた信頼関係がなお存続するような錯覚をKにおいて黙過していた疑いをさしはさむ余地がある)のであるから、Kの右行為はその品位を失うべき非行(弁護士法第五六条第一項)の著るしく大なるものであるといわざるを得ず、代理人のかかる非行によつて成立し、かつ、その成立の過程および内容についてみるに上告人が離婚および売買について抱いていた急迫感、事態推移の理解に必要な知識の欠如に歴然たるものがあり、結果として本件売買および和解は公序良俗に反し、無効と解するのが相当である。

そうしてみれば、前記事実に基いて本件売買および和解が弁護士法ないし公序良俗に違反しないとして上告人の請求を棄却した原判決には法令の解釈を誤つた違法があり、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明白であるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件和解が無効である以上、本件和解調書の執行力の排除を求める上告人の請求が理由があることは明白であつて、これを認容した第一審判決は、理由は異なるけれども、結局、正当であるから、本件控訴は棄却すべきである。

よつて、民事訴訟法第四〇八条、第三九六条、第三八四条、第九六条、第八九条に従い主文のように判決する。(近藤完爾 田嶋重徳 吉江清景)

上告理由《省略》

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